[ オピニオン ]
(2017/1/19 05:00)
宇宙好きの間でよく知られたマンガに「なつのロケット」(1999年、あさりよしとお作)がある。実践教育重視でテストもしない理科教師が学校を辞めさせられることを知った小学生グループが、先生への恩返しの自由研究として夏休みにロケット打ち上げに取り組んで奮闘する。小説「夏のロケット」(1998年、川端裕人著)に触発されたものだが、小学生を主人公にしたことで宇宙がぐっと身近になる。
登場するのは全長3メートル弱、直径36センチメートル、重量200キログラムの3段式液体ロケット。100グラム(注・キログラムではない)の物体を地球低軌道に打ち上げ、人工衛星にする。素人でも手が届く技術をもとに、実現可能な世界最小のロケットを設定したという。このリアリティーが、堀江貴文氏らの民間ロケット開発プロジェクト「なつのロケット団」という、“大人の本気の遊び”に発展したことでも知られる。
前置きが長くなった。宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、「SS-520」ロケットの4号機を1月15日に内之浦宇宙空間観測所から打ち上げた。「世界最小の衛星打ち上げロケット」を目指したが、残念ながら失敗した。
4号機は3段式の全段固体ロケットで、全長9.54メートル、直径52センチメートル、重量2600キログラム。実績のある観測ロケットのうち最大のものに3段目を追加した。「なつのロケット」より、かなり大きい。その分、低軌道への打ち上げ能力は4キログラムあり、この程度ないと衛星として機能しないと思われる。日本初の人工衛星「おおすみ」のラムダ4Sロケットだって全長17メートル、直径75センチメートルあり、これで重量24キログラムの「おおすみ」を宇宙に届けた。
SS-520は「世界最小」とはいえ、日本にとって必ず実現しなければならないプロジェクトではなかった。全段固体ロケットは旧・東京大学宇宙航空研究所以来の伝統だが、これを受け継いだ「イプシロン・ロケット」は、すでに開発に成功している。
SS-520は、当初計画の1月11日は天候要因で中止。15日の打ち上げでは、実績があるはずの1段目が上昇中に通信途絶となり、2段目の点火を見送った。基幹ロケットとは設計もまるで違うので、再挑戦の予定はないという。その意味で今後の衛星打ち上げに支障が出ることも考えにくい。それでも久々の打ち上げ失敗で、日本の宇宙開発にケチがついたことは否めない。
なぜJAXAがSS-520の計画を立てたかと言えば、失礼ながら「予算が取れたから」ではないかと思う。日本の宇宙開発の大部分は内閣府と文部科学省が所管するが、他の省庁にも宇宙関連予算がある。代表的なのものが経済産業省で、かつて低軌道で超伝導材料の製造実験をして、試料を地球に帰還させる衛星「USERS」を打ち上げた実績もある。
むろん経産省の宇宙予算は少ないので、1回で100億円以上を費やす衛星打ち上げは重荷だ。SS-520は「民生品を活用した宇宙機器の軌道上実証」に採択され、わずか数億円で改造された。成功すれば超低コストの打ち上げ方式となり、産業利用の実験などに寄与すると経産省は考えたようだ。
JAXAにすれば、本筋の宇宙開発ではないものの、失敗の危険の少ないチャレンジに思えたろう。宇宙開発はまとまった予算が必要で、入念な準備をしても挑戦できるとは限らない。わずかでも予算があるなら、やってみようと思うのが研究者だ。その心情は、夏休みの自由研究を楽しむ小学生に通じるものがある。
SS-520は、JAXAにとって“大人の本気の遊び”ではなかったか。結果として失敗してしまったのは残念だが、「ふゆのロケット」の心意気は、宇宙好きの人たちに伝わったと思う。宇宙空間はわずか100キロメートル上空だか、なかなかに遠い。その宇宙が少しの間、近くに思えた。
とはいえ、税金を使った実証実験が、「遊び」で終わっては困る。経産省はもう一度、JAXAにチャンスをあげられないか。真剣に遊ぶ大人たちは、次は必ず成功してくれるに違いない。
(論説副委員長・加藤正史)
(2017/1/19 05:00)